三島由紀夫|広島市 家庭教師の本田

三島由紀夫の作品

文章読本

・チボーデは小説の読者をレクトゥール(普通読者)とリズール(精読者)にわけている。 この本の目的はレクトゥールに満足していた人をリズールに導くことだ。

・鷗外は人に文章の秘伝を聞かれ「一に明晰、二に明晰、三に明晰」と答えたという。 スタンダールが『ナポレオン法典』を手本にしてその明晰な文体を作ったのと似ている。

・メリメの『トレードの真珠』という短編に、短編の序、破、急のお手本を見る。

・小説の会話は、大きな波が崩れるときの波しぶきのようなものだ。

・「おい、平社員たる君が社長の俺に向かって何なにをいうのだ」というような会話は未熟である。 何かの機会に片方が「社長」と呼ぶような、さりげない手法を用いなければならない。 また、劇の幕開き10ないし20分の会話はシチュエーションの説明として最も重要だ。

・戯曲の文体は、日常茶飯の夾雑物も含み、作者の内的リズムが人物から人物へと稲妻のように走る文章をいう。 岸田國士「チロルの秋」など。

・三郎「しかし、あなたはたかをくくってなにもおやりにならない……。が、ぼくは……」 梧郎「たかをくくったうえで、革命をやろうという……」 三郎「そのほか、なんでもやりますよ……。たとえばフランス人形……」(福田恆存『キティ颱風』)

・フランスにはラ・ブリュイエール『レ・キャラクテエル』など各人の風貌と性格を描き出すジャンルがあった。

・私は平均して月百枚書くという以上には何も言えません。

・私は文章をあとから訂正することをしません。 私にとっては遂行は、原稿用紙一枚一枚の勝負です。

・書いた文章は二度とかえらぬ熱っぽさをもっていたり、だらけた心境を語っていたりしますが、 長い目でみると、内的なリズムは無意識のうちに持続していることがわかります。

・私は去年自分が書いた文章はすべて不満です。 現代の作家にも自分の頑固な好みにしたがい、世間とは全く違う評価を下しています。 理想は、古典的教養から生まれる格調と気品にあります。

・文章を書くインスピレーションについてロンブローゾが書いています。 「シルレルは氷の中に足をつっこんだ。デカルトは安楽椅子に足を埋めた。ルソーは炎天に頭をさらしながら瞑想した」 これらは全身の血液の循環を犠牲にし、瞬間的に大脳の血液の循環を増加する方法だ。

三島氏の『文章読本』は、この種の本の中で最も作家としての思索が感じられる作品だ。 文章を書くという生理と、偏りはあるが他の作家の作品に学ぶ真摯な姿勢が勉強になる。 特に、劇作と小説の科白の違いについてが参考になる。

家庭教師の本田

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