ひかり電話からみたプログラム教育|広島市 家庭教師の本田

2018/8/12

ひかり電話からみたプログラム教育

 私は今、ひかり電話で4つの番号をもらっている(1番号月100円)。 1つは家の電話機で普通に使い、1つはFAXをメールで受け取り、PCで送信するのに使う。 残り2つは仕事と個人のスマホで外出先から安く使うというものである。 休日の自動応対、不在メッセージ、留守電など自由に設定できる宅内交換機システムを作りたかった。 数年来、NTT端末や、無線、PCの性能向上などが整うのを待っていたのだが、この度、引っ越しに合わせ、2週間くらい時間をかけて、セキュリティ対策も十分やった結果完成した。 日本人で、そういう奇妙なことをやっている人間はほとんどいないと思う。

 必要だったのは、ある程度のネットワーク、パソコン、プログラミングに関する知識。 しかし、何よりインターネットの情報の真偽や信頼度を文章から判断し、活用する能力(英語をふくむ読解力)が必要で、 加えてネバーギブアップの精神、さらに、物事を整理し、論理的にチェック、正解を発見、あるいは創造する作業が必要だった。

 なぜ、こんなことを書いたかというと、文部科学省が2020年からの導入を進めている小学生のプログラム教育に重なるものを感じるからだ。 20年以上前に起きたパソコン学習ブームはひどかった。 学校で習ったパソコンの使い方は底が浅く、とてもパソコンを使いこなすという水準のものではなかった。

 今回の文部科学省の指導要領はそれを反省したのか、プログラムを教科全般の基礎に当たるものとして扱うことを明記している。 プログラム的発想があらゆる教科にわたって必要ということなのだが、私が思うに、それには国語の読解力が不可欠だ。 プログラムは理数系と思っている人がいるが、実は現代文の論文読解や文法のセンスが重要で、いわば理科、文科を横断する能力なのだ。 それはプログラミング「言語」といわれることからもわかる。

 ただ、問題がある。 プログラミングは私の経験上、ピアノやスポーツ並みに天性の素質に左右される部分があり、また適性により伸びる伸びないがはっきりしている。 世界有数のプログラマ、ラリー・ウォール氏が言ったプログラマの3大美徳「怠惰、短気、傲慢」、腕のいいプログラマにはそんな傾向がつきものという。 さらに多分に成功体験が必要だ。 そのためには時間をかけて難関に挑み、クリアしていかなくてはならない(そう、ひかり電話の交換機システム構築のように)。 そんなことを今の公教育の場でできるのだろうか?

 そう考えると、プログラム教育の前途は多難だ。 多くの教員と生徒はくじけるのではないかと想像される。 しかし、IT大国をめざし、日本がそういう進路を選んだ以上、それに向かい、それを追い風とする子どもを作らなければならない。 プログラムを駆使できるエキスパートになれたら、前途は洋々と開けてくるに違いないからだ。

家庭教師の本田

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