最近の雑感|広島市 家庭教師の本田

2018/12/8

最近の雑感

 最近、何かと忙しく、まとまったものを書く時間がありません。 そこで、今回は取りとめもなく、気になる話題を書くことにします。

 まず、東京医大の文部科学省前局長がらみの不正合格、そして女性差別問題。 女性医師が多いと現場が困るというのはわかりますが、それなら初めから男女の定員を別にすればいいのではないでしょうか。 そうすると、男女雇用機会均等法などに抵触してくるとしたら、その法律の方がどうみても非合理です。 力仕事は男性向き、育児関係は女性向きというのはありそうだからです。 私もかつて優秀な医学部受験生を教えた経験がありますが、彼は一旦社会に出てから医学部を受けなおしたため、センターや二次試験は完全な合格点だったにもかかわらず、圧迫面接をやられて落ちました。 その結果、ひどい鬱の状態に陥ったのです。 今は回復し、元気に会社員として働いていますが、私のほうの怒りは収まりません。 もし、正当な理由があって取らないのなら、要項に納得のいく詳細を明示すべきです。 そうでないなら、勝手な裏基準で選抜したりするな、ということです。

 過日、日産のゴーン会長が逮捕されました。 聞けば、ゴーン式経営とは、日産や系列部品メーカーに非情なリストラやコストカットを迫った、ある意味超ケチケチ経営だったといいます。 それにもかかわらず、それをやった自分は彼らに比較し、はるかな高給をもらっているわけです。 日本人の感覚からは理解できません。 なおかつ、フランス政府はゴーン氏の肩を持とうとするかのような言動をしています。 国がルノーという自動車会社の筆頭株主だからということのようです。 今回、ゴーン氏が逮捕されたタイミングは、アメリカのトランプ大統領がフランスのマクロン大統領と会談で大げんかをした、そのさなかであったといいます。 ゴーン氏の蓄財はアメリカ経由だったので、その詳細データがアメリカから日本に送られたのではないかとの臆測があります。 とすると、この事件は日仏米の相関関係の乱れの余波だともいえるわけです。

 国の相関関係の余波といえば、中国のスマホメーカー、ファーウェイの副会長逮捕の事件もそうでしょう。 以前から、ファーウェイと ZTE という中国二大スマホメーカーは、中国軍と密接につながっていて、国際的な情報戦の先兵となっているのではないかと疑われていました。 私が思い出すのは、数年前、同じ中国の百度(バイドゥ)が、スマホの日本語変換プログラム simeji を買収し、使用者が入力した情報を中国に送った事件だ。 百度は不正利用を否定しましたが、パスワードを含む個人情報が中国当局に多数送られた疑いは捨てきれるものではありません。 今回も、米中会談前後にファーウェイの副会長逮捕事件が起きたことからいって、この事件は米国から中国への強い警告と考えられます。 何しろ、中国はサイバーテロをはじめ、国、企業がいっしょになって先進国の技術を盗んだと思われる事件を度々起こしています。 しかし、日本人は、ファーウェイも ZTE も何の心配もなく使っているばかりか、いまだに simeji や LINE(韓国政府によるデータ傍受事件が起きて、開発した韓国内で反対派は誰も使わない)を深く考えず使っています。 日本という国は世界の善意を信頼しすぎているのではないでしょうか。 よくいわれる平和ボケというやつです。 もっと現実的でシビアな部分をもたないと、過酷な国際社会を生き抜いていけないのではないでしょうか。

 さらにトランプ大統領のメディア批判ではありませんが、最近メディアの左傾化、あるいは日本の国益に反する報道が目立つ気がします。 北朝鮮や中国の利益になっても、日本には一文の得にもならないだろう主張が大手を振ってまかり通っていたりするのを見ます。 中国国内で同じようなことをやったらすぐ収監されるだろうと思われる事態です。 ネットの声にこんなのがありましたという紹介が、実は、北朝鮮や中国といった独裁国家の国家ぐるみの情報戦略の片棒をかついでいる可能性はあるのです。

 そう、世界は建前上は平等、自由、平和といいながら、本音は不平等、不自由、戦争に近い競争がまかり通っています。 本当の世界平和とは、単に核兵器反対といっているだけでは訪れないでしょう。 こういった現実の語句と、その裏側の文脈を読み取り、さらに現実的な平和実現へのプログラムを立案し、それに向けて持続的なアプローチをつづける。 そういう不屈の努力がなければやってこないと思います。 私は広島の平和教育を受けて育った世代ですが、最近、広島の型通りの核兵器反対は本当に世界平和に寄与するのか、疑いを持つようになりました。

 昔、私の結婚式の主賓としてスピーチをしてくださった文芸評論家の高橋康雄さんという人がありました。 会うととても誠実で、温厚な人でした。 しかし、一度文章を書くとその舌鋒は鋭く、難解であるが、その批判の矛先は、あらゆる権威を一瞬にして打ち倒すラディカリズムに満ちていました。 その高橋さんが、抑えた筆致で文章の最後に「私はこう思う。いかがなものであろうか」と書いた時、私はその迫力にしばしば身震いしたのを覚えています。 私の文章は高橋さんの百分の一にも及びませんが、最後に一言のべておきたいと思います。 今の世の中、何かおかしいと思う事件が次第に増えていると思うのだが、いかがなものであろうか……。

家庭教師の本田

その他のページ